パノラマ寓話

恣意セシル 文藝活動報告サイト

雪についての習作 1

   

雪が降っている。何もかもをその中に飲み込むように、しんしんと、降り続いている。
黄土色に枯れた芝生。遠くにある針葉樹の群。灰色にくすんだ空。
僕の愛情、人間らしさ、何もかもが白く塗り潰される。

目の奥が痛い気がして、僕はぎゅっと目をつむり、また開いた。
だだ広い野原の真ん中に立つ淋しい楡の木の下、僕は冷たくなってしまった缶コーヒーに口をつける。
見渡す景色には、特に心を動かすようなものは見当たらない。
呆然とする。茫漠とする。気が遠くなり、考えることが難しくなる。

雪が、真っ白な雪が、僕の頭の中に。
僕が内側に築いてきた、僕のささやかで強固な世界に降り積もる。
音もなく、それは音そのものを殺すように、見えるものだけでなく見えないものまで覆い隠してゆく。
今まで見つめていたものが見えない。今まで考えていたことがなんだったか見つからない。
この手の中に大事にしまっていたものが見つからない。握りしめていたものがわからない。
「あ……」
そうしていつか雪が止んだ時、僕は何もかもを失ったことに気づく。

僕は誰だったのだろう。どこから来て、どこへゆこうとしていたのだろう。
何を必要と思い、探し求めていたのだろう。
この凍える寒さの中、指先だけがほんの少し暖かい。繋がれていた指のイメージ。
しがみつくように胸を焦がして一瞬で消える。

……僕は、誰かと一緒だったのか?

何もかもがわからない。
ただ、雪に白く塗りつぶされてしまう。
そしてどこからか吹き付ける風、舞い上がる雪の花びらの中で、僕は見つけるのだ。
雪が積もり続けて作り上げられた永久凍土の下、密やかな眠りにつく君のことを。

 - novel